ケアハウス至徳路の施設名は、旧町名の「至徳寺」が由来です。 「至徳寺」とは、室町幕府の越後守護上杉憲将の子、久庵僧可によって父の菩堤を弔うために至徳年間に建立された寺といわれています。 しかし、至徳寺跡と伝えられた地は、昭和58年からの発掘により1辺が約220m、幅7mの堀をめぐらした館の跡であることがわかり、その出土遺物の豪華さから守護所(県庁)と考えられることとなりました。そして至徳寺は守護所と寄り添うようにして、ゲストハウスとして利用されていたようです。 ケアハウス至徳路は、その守護所の南堀と西堀の角に建てられています。